
朝香宮允子妃
(1891-1933)
長い前振りでしたが、允子内親王のアール・デコ趣味は当然、彼女のファッションにも影響を与えました。

ダイヤでかっ。
まるで宇宙船のような(失敬な)幾何学模様のブローチ。完全にアールデコですな。
このブローチはペンダントヘッドにもなるようで、息子・孚彦王のお嫁さんになった藤堂伯爵家(津藩のお殿様)の千賀子嬢の成婚時の写真でもその胸元を飾っています。
ブローチの下部しかないように見えるのは、おそらく上部のパーツの方に留め具がついていて、ネックレスにする時にはその部分を外してチェーンを通すんじゃないかと。(逆に上部だけでブローチ使いすることも出来るってことでしょうね。)

孚彦王妃千賀子(1921-1952)
そして同じくアールデコの香りを感じるのが千賀子妃の着けているティアラです。
昨年出版された青木淳子氏の『パリの皇族モダニズム』。
朝香宮家の領収書から彼らのパリでの生活を追ったもので、その中に允子内親王のティアラについても触れられていました。

パリの宝石商、バンスランで允子妃はダイヤモンドは手持ちの物を使うというスタイルでティアラを発注。
それは
「プラチナ台に5つの大きなダイヤと2つの小さなダイヤからなる、ギリシャ風のティアラ」でした。
これは…まさしく千賀子妃のつけているものでは??(本の中ではそこまで言及されてない。)

右の写真は若かりし頃の允子妃。あるいは降嫁の折のものか。非常に見えずらいけど、背の高い大きな楕円形のモチーフのティアラをしています。これを作り替えた可能性もありますね。
允子妃の娘・湛子女王が記した『素顔の宮家』の中にも「母はヨーロッパで、若いときの宝冠もデザインを変えて、全部新しい形に作り直していた」との記述があります。
孚彦王と千賀子妃の結婚は允子妃の亡くなった後になるんだけど、お母さんの思い入れがあり、また朝香宮家の象徴的な様式でもある品として次代の朝香宮妃に受け継がれたのかなーと想像しています。(残念ながらその前に終戦と宮家解体がやってきますが。)